戦略的課題
北極圏の新たな冷戦の最前線で、氷床下に潜む戦略的不確実性
北極圏ではロシアは作戦の遂行速度で優位性を有するものの、NATOは高度な技術的精度、柔軟な基地配置、および戦略的深度を兼ね備えている。
![グリーンランド沖で、「ジャンヌ・ダルク2025」作戦に参加しているフランス海軍の艦艇。2月に始まったこの5か月にわたる作戦は、厳しい極地の環境で士官候補生に課題と訓練を課し、北極海におけるフランスの海洋上の権利を主張することを目的としている。[フランス海軍]](/gc7/images/2025/08/06/51395-arctic_ship-370_237.webp)
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北極圏はロシアと中国が支配しているように見えるかもしれない。しかしながら、実のところ北極圏周辺における戦略的優位性はNATOにある。
世界最高水準の潜水艦隊、優れた相互運用性、卓越した技術的統合力を基盤として、NATOは長期的な優位性を保持している。
表面下では、 NATOのステルス性、機動性、調和のとれた防衛体制 によってバランスが保たれている。一方、ロシアは老朽化したプラットフォーム、困難に直面している防衛産業基盤、そしてここ最近の戦略的資産の損失に悩まされており、北極圏における優位性の表層に亀裂が生じ始めている。
ロシアの北極圏での足跡 - 氷の要塞
約24,000kmに及ぶ海岸線を北極圏に有するロシアは、地域の覇権国としての姿を見せるために多額の投資を行ってきた。北極圏内で、50以上の軍事拠点を再生または建設し、防空システム、早期警戒レーダー、北極圏に特化した旅団を配備している。
![7月24日、セヴェロドヴィンスクのセヴマシュ工場で、ロシアのSSBN(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)「クニャーズ・ポジャルスキー」の国旗掲揚式において、乗組員と整列して姿勢を整えるロシアのウラジーミル・プーチン大統領。[Kremlin]](/gc7/images/2025/08/06/51397-putin_ship-370_237.webp)
同国の潜水艦隊は北極圏で最も規模が大きい。弾道ミサイルと巡航ミサイルの発射能力を有するボレイ型とヤーセン型の原子力潜水艦を保有している。Tu-160やTu-95MSなどの同国の戦略爆撃機は、北極圏で定期的に哨戒飛行を行っており、MiG-31BM迎撃機は高緯度地域での作戦用に改良されている。
周辺での中国の存在 -- 警戒する関係国
中国は地理的には遠く離れているが、自らを「北極圏に近い国」と宣言し、北極圏を「一帯一路」構想に組み込んでいる。科学的な調査活動を開始し、耐氷船を建造し、北欧諸国との対話を開始している。しかしながら、中国の北極圏での軍事体制は、まだ初期段階に過ぎない。軍事基地、氷床下での活動能力、持続的な駐留能力は不足している。
中国の抱く野望は明確だ 。エネルギーの確保、航路の掌握、そして戦略的影響力の拡大だ。しかしながら、北極圏への進出は依然として限定的であり、情報収集の段階に留まっている。
NATOの対抗策 - 機動性、相互運用性、戦略的深度
ロシアが地理的な近接性を強みとする一方で、NATOは戦略的深度、技術力、連携力を強みとしている。米国、英国、ノルウェー、カナダ、デンマークなどが、分散的だが強力な北極圏での存在感を確立するのに貢献している。
米国はアラスカからF-22、F-35、B-52による哨戒飛行を実施して、空域の優位性を維持している。ただし、北極圏において最も強大で捕捉が困難な能力を有しているのは、米国の潜水艦部隊だ。
米国のオハイオ級戦略潜水艦とバージニア級攻撃潜水艦は、ロシアの海底センサーのネットワークに検知されることなく、複数の拠点から進入し、北極海を潜水状態で航行することができる。
NATOの同盟国も活動を強化している。ノルウェーは北極圏対応の海上哨戒機「P-8ポセイドン」を配備し、バレンツ海での定期的な監視を主導している。英国のアスチュート級潜水艦は、米国の作戦に統合されており、氷床下で運用されている。カナダとデンマークは、グリーンランドから北米と欧州の北極圏の境界を監視するゲートキーパーの役割を果たしている。
重要なのは、各国が単独で活動しているわけではないことだ。「アークティック・エッジ」、「コールド・レスポンス」、「ダイナミック・マングース」などの演習は、北極圏全域におけるNATOの連携力、機動性、対応力の向上を明確に表している。
水面下の強さ - 国境のない戦略的抑止力
北極圏の軍事力において最も過小評価されている側面は、潜水艦戦に潜む戦略的不確実性だろう。ロシアは、肉眼で見える北極圏の沿岸海域では無敵に見えるかもしれない。しかしながら、NATOの潜水艦の存在により、その支配力は不完全なものとなっている。
米国とNATOの同盟国の潜水艦は、非公開で北極圏で定期的に活動している。北極海盆の広大で孤立した海域は、第二撃能力の隠蔽に理想的な環境だ。ロシアの固定式ソナーシステムや氷床下探知システムでも、NATOの弾道ミサイル搭載潜水艦は事実上追跡不能であり、この事実が北極圏と世界全体の両方の戦略的安定を支えている。
これらの潜水艦は、北大西洋から太平洋に至るまで、検知されずに北極圏に進出し、撤収することができるため、移動可能で現実的かつ戦略的に不透明な抑止力構造が確立されている。この構造は、NATOの核体制を強化するだけでなく、敵対勢力の地域的優位性の見通しを複雑にしている。
温暖化する世界における極寒の舞台
北極の氷の後退に伴い、地政学的な摩擦が激化している。この地域は、もはや孤立した存在ではない。世界的な脅威の認識、資源の計算、軍事戦略に密接に関わっている。
ロシアは、その地理的な近接性とインフラにより、作戦の迅速性と地域における影響力を有している。一方でNATOは、高度な技術的精度、柔軟な基地配置、および戦略的深度の組み合わせにより、持続的な優位性を有している。
北極は新たな開拓地から次の段階に進み、古い時代が再現される可能性も秘めている。つまり、極寒の舞台で不信感、駆け引き、対立するイデオロギーが再び繰り広げられるかもしれない。しかし、過去の冷戦とは異なり、今回はミサイルや地図だけが均衡を左右するわけではない。機動性、不確実性、そして目に見えないがすでに静かに存在し続ける戦力の持続性が、新たな均衡の鍵を握っている。