戦略的課題
人口の壁:中国の人口減少が世界的野望を脅かす理由
中国では数十年ぶりに人口が減り始めており、高齢化も人類史上でも最も速いペースの一つで進んでいる。
![2025年1月16日、中国東部の阜陽市臨大路にある公園でくつろぐ高齢者たち。[Costfoto/NurPhoto/AFP通信経由]](/gc7/images/2025/10/07/52321-rlf-370_237.webp)
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長らく米国の世界的支配に挑む新興大国と見なされてきた中国は今、その野望を頓挫させかねない前例のない人口危機に直面している。
中国では数十年ぶりに人口が減り始めており、高齢化も人類史上でも最も速いペースの一つで進んでいる。北京の国家統計局(NBS)によると、この減少は公式予測よりも数年早く始まっており、止まることを知らなかった成長の時代の終わりを告げている。
この人口構造の変化は、中国共産党の正統性、そして「世界の最強大国として米国を超える」という目標に対する最大の長期的脅威となっている。労働年齢人口が減少し、高齢者人口が急増する中、中国は危険な「脆弱性の窓(window of vulnerability)」に直面している。すなわち、人口崩壊によって経済力と地政学的影響力が損なわれる前に、戦略目標を達成しなければならないという、限られた時間しか残されていない状況である。
数十年にわたり、中国の膨大で安価な労働力は「世界の工場」としての台頭を支えてきた。しかし、いまやこの成長の原動力は息切れを起こしている。国家統計局によると、2014年ごろにピークを迎えた労働年齢人口は急速に減少しており、それが人件費の上昇を招き、中国の製造業の競争力が徐々に損なわれつつある。こうした人口要因による重荷(demographic drag)はすでに経済成長を鈍化させており、近年、中国のGDP成長率は数十年来の低水準にまで落ち込んでいるという。
経済的な課題はそれだけにとどまらない。国連の「世界人口予測(World Population Prospects)」報告によると、2050年までに中国の老年扶養率(労働年齢人口1人あたりの高齢者数)は急上昇すると予測されている。これにより、縮小を続ける労働力と国家財政で支えられた年金制度に大きな負担がのしかかり、中国共産党と国民との間の「社会契約」を不安定化させるおそれがある。
人民解放軍が直面する課題
同時に、高齢化社会では、製造業中心の経済からハイテク・サービス志向型経済へ移行するために必要な高い革新力を維持することが難しくなる可能性がある。高齢化が進む社会では一般にリスク回避傾向が強まりやすく、中国が経済の勢いを維持するために欠かせない起業家精神や技術革新の芽を抑え込んでしまうおそれがある。
中国の人口減少は、地政学的戦略や国家安全保障にも深刻な影響を及ぼしている。特に懸念されている理論の一つが「脆弱性の窓(window of vulnerability)」である。2030年以降、中国の経済力や人口的な優位が衰える中で、 中国共産党はまだ実行可能なうちに長年の目標である 台湾との「統一」を達成する緊急性を感じる可能性がある。このことは、近~中期における軍事的衝突の可能性を高め、世界的な影響を及ぼすおそれがある
中国人民解放軍もまた、長期的な課題に直面している。若く健康な国民の減少により、軍の規模と質を維持することがますます難しくなる。中国はこの人的資源の不足を補うため、人工知能(AI)や無人機(ドローン)などの先端技術に多額の投資を行っているが、これらのシステムはコストが高く、人口減少による戦力不足を完全に埋め合わせることはできない可能性がある。
不安定さをさらに助長しているのが、「一人っ子政策」によって生じた男女比の偏りだ。国家統計局の国勢調査データによれば、男児を優先する中絶が数十年にわたり行われた結果、中国では女性よりも男性が数百万人多く、「取り残された独身男性(いわゆる“光棍”)」の世代が生まれた。この性別の不均衡は、特に伝統的な家庭構造から自分たちが排除されたと感じる若い男性層の間で、社会的不満や不安定化の火種となるおそれがある。
中国共産党は、一人っ子政策の緩和や出生奨励策の導入など、少子化の流れを食い止めようと努力してきたものの、その効果はほとんど見られていない。生活費の高騰やキャリア上の負担といった経済的要因が、若い夫婦の子どもを増やす意欲を抑え続けている。国家統計局によると、出生率は依然として人口維持水準を大きく下回っており、人口減少の流れはもはや不可逆的と考えられる。
いま中国は、厳しい選択を迫られている。人口の高齢化と減少に伴う長期的停滞を受け入れるのか、それとも人口崖(demographic cliff)が手のつけられないほど深刻化する前に、自国の力を確保するため短期的なリスクを冒すのか、という二者択一である。
今後数年間に下される決断は、中国の将来を左右するだけでなく、世界秩序にも深刻な影響を及ぼすことになるだろう。