国際問題

国境なき監視:インド太平洋地域における監視技術と権威主義の台頭

この地域の各国政府は、顔認証技術やスパイウェア、大量のメタデータ収集ツールなどの高度な技術を急速に導入している。

2023年7月3日、中国・重慶市の住宅地に設置されたインテルジェントカメラ設備。。[NurPhoto via AFP]
2023年7月3日、中国・重慶市の住宅地に設置されたインテルジェントカメラ設備。。[NurPhoto via AFP]

Global Watch |

カンボジアのプノンペンでは、ある若手活動家が抗議行動に参加してわずか数日後に逮捕された。彼はオンラインで何も投稿せず、メディアとも接触していなかったが、当局は新たに設置された顔認証カメラによって彼の居場所を特定した。

この逮捕は偶然ではなかった。インド太平洋地域にひそかに広がる監視インフラのネットワークが、その実行を可能にしたのである。

この地域の各国政府は、顔認証技術やスパイウェア、大量のメタデータ収集ツールなどの高度な技術を急速に導入している。

公共の安全や国家安全保障のためのツールとして売り出されているこれらのシステムは、次第に異論の沈黙を強いたり、市民社会を威圧したり、人権を侵害するために使われることが増えている。しかも多くの場合、一般市民の知らないうちに。

広がる監視の網

インド太平洋地域における監視技術の拡散は、主に海外からの輸出によって推進されている。

ヒクビジョン、ダーファ、ファーウェイ、ZTEといった中国企業が市場を席巻しており、「開発支援」や「セーフシティ」構想を名目に、補助金付きや国家支援型のパッケージを提供している。

NSOグループ(ペガサススパイウェアで知られる)をはじめとするイスラエルのスパイウェア企業や、さまざまな欧米の企業もまた、子会社やペーパーカンパニーを通じて、この監視技術の普及に加担している。

カンボジアでは、ファーウェイの「セーフシティ」システムによって、数千台の高解像度監視カメラが設置されている。活動家や野党指導者たちは、平和的な抗議行動ですら即座の逮捕につながるとして、「抑圧的効果( chilling effect )」を訴えている。

ミャンマーでは、2021年のクーデター以前に中国企業が構築したインフラが、抗議参加者の特定や記者の監視に利用された。

一方、ベトナムは今や東南アジアで最も包括的な監視ネットワークの一つを運用しており、 人工知能(AI)や顔認証技術を用いて、 オンライン上の活動や政府批判の追跡をしている。

ソフトパワーのはずが、もたらすのは重い代償

こうした技術は、政府間の直接契約や低金利融資、開発プロジェクトとの一括契約という形でしばしば移転されている。

多くの場合において、これらのシステムが収集するデータは海外のサーバーに保存されたり、外部の請負業者が管理されているため、輸出国は現地の情報活動に対して実質的な影響力を持つようになっている。

「監視のサービス化(Surveillance-as-a-Service)」は、新たな形のデジタル植民地主義として台頭しつつある。それは、より小規模あるいは発展途上の国々の内政に、外国の影響力を着実に浸透させている。

インド太平洋地域の多くの国では、個人データを保護する法的枠組みが不十分であるか、あるいは存在しない。

スリランカなどでは、国家安全保障を理由に生体認証データの収集が正当化されているが、市民団体はその範囲が拡大しすぎているとして警鐘を鳴らしている。

監視の目が及ばない状況では、監視は自由な発言や政治的反対派に対する目に見えない武器になりつつある。

抵抗とこれからの道

市民社会の団体が立ち上がっている。

デジタル人権団体「Access Now」やDigitalReach Asiaは、セキュリティ研修の実施や監視技術の取引の監視に加え、より強固なプライバシー保護法制の整備を訴えている。一方、オーストラリアや台湾では、監視技術の輸出に対する国際基準策定を推進している。

しかし、この闘いは前途多難だ。監視技術は収益性が高く、政治的にも都合がよく、直接的な影響を受けていない限り、多くの人にはその存在さえ気づかれない。気づいたときには、すでに手遅れになっていることが少なくない。

インド太平洋地域で起きていることは、より広範な世界的な潮流の一部である。しかし、ここでの利害は極めて大きい。数十億の人々が暮らし、いくつかの脆弱な民主主義がひしめくこの地域は、技術の進歩と権威主義的後退の狭間―まさに岐路に立っている。

監視技術は、統制が及ばない限り、単に見守るだけにとどまらない―それは人々を支配する道具となる。こうしたツールが広がるにつれ、国際的な注目と監視、そして抵抗の必要性もますます切実なものとなっている。

目に見えない監視の目が行き渡る世界では、沈黙することは加担することと同じだからだ。

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